構想から約半年で自動PCR検査ロボットシステムの立ち上げに成功

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2024年現在、新型コロナウイルス禍の記憶は薄れつつある。川崎重工でもPCR検査サービスが2024年3月に終了し、社会から求められる役割にひと段落がついた。川崎重工が開発した「自動PCR検査ロボットシステム」は、PCR検査における医療従事者の二次感染を防ぐとともに検査時間の大幅短縮、検査数の大幅増加を実現し、多くのメディアで取り上げられた。

▲川崎重工がコロナ禍に開発した「短時間、大量、高精度」の特徴を有する自動PCR検査ロボットシステム

産業用ロボット開発のリーディングカンパニーと言って差し支えない川崎重工だが、コロナ禍当時、医療分野への知見はまだまだ十分ではなかった。医療分野は通常の産業ロボットの開発と比較しても綿密な検証とPDCAが欠かせない。さらにPCR検査のような検査システムにおいては、開発・導入にあたって医療分野ならではのノウハウが求められる。

そのため、「自動PCR検査ロボットシステム」開発にあたっては川崎重工単体ではなく、医療分野に強い2社との協働で行われた。検査・診断の技術を保有し、医療分野に幅広いネットワークを持つシスメックス株式会社。川崎重工の産業用ロボットへの知見、シスメックスの医療・ヘルスケア領域への知見を持つ株式会社メディカロイド。この2社と川崎重工が組むことで、高精度なロボットシステムを構想から約半年という短期間で開発することに成功した。

2021年1月31日には最初の導入実績として藤田医科大学に自動PCR検査ロボットシステムを設置し、1日最大2,500件のPCR検査を行うことが可能になった。その後は空港や自治体、大学等にも導入が拡大。導入が進んだ背景には

  • 検査時間の短縮(80分以内で可能)
  • 不足する医療現場で無人化/自動化による医療従事者の負担軽減
  • ロボットによる自動化で二次感染のリスクを解消
  • 省スペースで移動も可能

といった利点が社会のニーズと合致したことが挙げられる。

ここからは自動PCR検査ロボットシステムの開発を担当した2名の技術者にインタビューし開発ストーリーを紐解いていく。社会と医療に対してコロナ禍当時どのように貢献し、かつそこから何を得たのかを振り返っていきたい。

医療従事者をロボットの力で守りたい

-自動PCR検査システムのプロジェクトを始めることになったきっかけは

久保田:コロナ禍当初、ニュースを見ていると医療従事者がキャビネットの中で検査機械を一人で操作しているような映像がよく流れていました。しかし、感染が拡大し1人では対応できないぐらいの検査数になったことから、検査を自動化するニーズが急速に高まったのが開発の背景としてあります。

鈴木:大きなテーマとしては「コロナ禍の現場で感染リスクを抱えながら業務にあたっている医療従事者をロボットの力で守る」というもの。ただし、川崎重工で医療系の開発に携わっているメンバーは非常に少なく、最初は8人程度の人員で構成された医療システム部から始まりました。

-開発はどのように進みましたか

鈴木:私たち川崎重工側に医療システムの知見が不足している中、シスメックスさんとメディカロイドさんからいただく情報をもとに、ロボットにどう落とし込むかを考えて作り上げていきました。最初8人だった医療システム部は最大時には40人程度までメンバーが増え、開発のスピードも精度も向上。現場で目的意識を共有しつつしっかりコミュニケーションを取りながら開発を進められたと思います。

社会全体もコロナ禍で大変でしたが、開発現場も当初はパニックに近い状態。スケジュールや仕様を決めても毎日練り直しになりました。実際に導入フェーズになってからも、何体作るか、どこに設置するかなどの情報が日々変わるので難しい面がありましたが、現場では毎朝進捗ミーティングをして少しでも円滑に進めるよう努力していました。

久保田:技術的なところでは、最初はキャビネットの中にアームを突っ込んで検体を分注するようなロボットを作っていました。しかし、その後検体を分注してから検査結果が出るまで全てを自動化することになり、可搬重量などを試行錯誤した結果、RS007Nというロボットが採用されました。

-協力会社と一緒に開発をする中で重要だったポイントは

鈴木:人材を適材適所に配置するのが重要だったと思います。必ずしもロボットの専門家でない人たちもいたのですが、医療現場でのサービスに慣れている方や、医療制度関係の業務をやられている方もいたので、その方達の知見をうまく開発に取り入れていくという体制は取るようにしました。

久保田:肝になるのはロボットではありますが、自動PCR検査ロボットシステム全体としてはロボット以外の箇所が大きいんです。だから、必ずしもロボットの専門家でなくても適材適所でさえあれば活躍できたと思います。基本的には各々得意なところで頑張っていただいたという感じです。

スクランブル体制で開発を進めた世の中にない検査システム

-本プロジェクトに設けられた成功基準はありますか

鈴木:技術的な観点では毎日1000件以上の検体を安定してさばければロボットとしては成功だと考えており、そこに関してはクリアできました。

久保田:プロジェクトを客観的に見たときの成功基準は、社会貢献できたかどうかだと思います。そこに関しては東京都の無料検査をこのシステムで検査してきた実績もあるので、一定の評価を得ることができたと思います。

-開発の中で苦労した点はありますか

久保田:やはり、我々川崎重工が医療分野での開発経験が不足していたことでの苦労はありました。特に、クリーン環境で感染性のあるコロナウイルスのような検体を取り扱うようなことは今までなかったので、技術的なところで苦労したと思います。だから、医療分野の専門家であるシスメックスさんやメディカロイドさんの協力は非常にありがたかったです。バイオハザードに対する教育もしていただいて、我々自身も知見を蓄えていくことができました。
あとは、やはり非常に短い開発期間だったので、通常の開発フローではないスクランブル体制での開発だったのも大変でした。

鈴木:最終的には40人まで増えたとはいえ、とにかく最初は人員不足に苦労しました。開発以外にも稼働しているロボットシステムの監視やトラブル対応の業務もある。夜遅くまで残った日もありましたし、携帯電話が鳴り止まない状況が続いたこともありました。ただ、誰も倒れたりはしなかったので良かったと思います。

-開発をしていて喜びを感じた瞬間は

久保田:このプロジェクトは様々なメディアでも取り上げられたのですが、家族にも自分がこれに関わっているのを話すことができましたし、社会の中で自分のやったことが認められるという経験が初めてだったのでとても誇らしく感じました。おそらく部のみんなも同じことを感じていたと思います。

鈴木:新しい拠点に装置を納入して、検査を始めて…といった節目節目は嬉しかったです。特に記憶に残っているのは藤田医科大学に一号機を納入したとき。まだまだこの後も開発は続くのは分かっていましたが、いよいよ自動PCR検査が自分達のシステムで始まるという喜びはありました。
あとは、応援者が来ることで仲間が増えることは嬉しかったです。これまで関わったことのない川崎重工の他カンパニーの皆さんや外部の方とも関わりを持てました。なかなか他の部署では経験できなかったことだと思います。

川崎重工の規模感とリソースだからこそ実現できた

-最終的に自動PCR検査システムは無事に構築され、プロジェクトとして成功といって良いと思います。成功のポイントを教えてください

鈴木:やはり、世の中にないけど医療現場が求めていたところをしっかり提供できたことかと思います。感染リスクが高い検査をロボットがやることで、リスクがほとんどない状態で検査できる点ですごく優れたシステムでした。また、本システムだと80分で検査結果が出ますが、コロナ禍の当初はここまで短時間で結果が出るものはなかった。安全かつ早い検査をできるというところで、社会に貢献できたのではないでしょうか。

久保田:川崎重工のロボットディビジョンの特徴であるスピード感を持って開発するという姿勢があったからこそ、半年という短期間での開発ができたと思います。また、川崎重工は本体はもちろんグループ会社を含めて非常に多岐に渡る製造を行っているので、それらの技術やノウハウを結集して開発できたというのがあります。それこそ、PCR検査に使うコンテナも自社プラントで作っており、他社のロボット開発会社でこういったことができる会社は存在しないのではないでしょうか。この規模感とリソースは川崎重工のすごいところであり、成功のポイントだと思います。

医療のロボット=川崎重工を浸透させたい

-今回のプロジェクトは今後にどう生きるとお考えですか

鈴木:やはりこういったシステム開発をしたという経験は単純に生きています。例えば、PCR検査をして検体がNGだった際に、結果だけを記録するのではなくなぜNGだったのか後からトレースして調べられるようにしました。この技術は現在開発している他のシステムでも応用しています。
あとは、「川崎重工のロボットを使うことでこんなこともできるんだ」、と世の中に知ってもらうことができたのは良い機会になったと考えています。

久保田:医療系の会合に出ても川崎重工さんすごいねと言われることが増えましたし、世間にインパクトを与えたプロジェクトだと感じています。「医療のロボット=川崎重工」というイメージを、世の中に浸透させたいと個人的には思ってます。
また、この検査結果から得られるデータにこそ価値があるというビジネスモデルは、川崎重工が従来行ってきたモノ売りではなく、コト売りです。遺伝子検査等にも応用できるはずですし、従来と違ったビジネスモデルが生まれるきっかけになったと思います。

▲今回のインタビューさせて頂いた自動PCR検査ロボットシステムの立ち上げメンバー。
写真左から医療システム一課 課長 鈴木 敏幸氏、医療システム二課 課長 久保田 尚吾氏。

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