オープンプラットフォームですから、その気さえあれば誰でもロボット開発にチャレンジできますよー。
スマートフォン普及の影には、アプリの存在があります。アップルやGoogleがアプリストアを一般に公開することで、全世界各地、津々浦々のエンジニアやサードパーティが参戦。ハードウェアを設計できなくても、自作アプリのクオリティ次第で数千万もの売上を記録する「アプリ長者」なんて言葉もありましたね。
それらアプリが、プラットフォームであるスマートフォン自体の魅力を高めてユーザーを増やし、めぐりめぐってアプリのユーザーも増えていく…なんと素敵な上昇スパイラルでしょうか。
そんなスパイラルは、スマートフォン業界だけの話じゃありません。オープンなプラットフォームが時代を加速させていく潮流は、ほかのジャンルでも起きつつあります。その1つを担おうとしているのが、カワサキこと川崎重工。バイクに新幹線、潜水調査船しんかいなどなど、その時代々々に強烈なインパクトを残すプロダクトを作り続けて121年。じつは50年前から産業用ロボットの開発・製造も行っている、ロボットメーカーでもあるのです。
川崎重工がオープンイノベーションの手法で推進しようとしている分野、それは、オープンプラットフォームなヒューマノイド(人型)ロボットです。
11月29日(水)~12月2日(土)に渡って開催される、2017国際ロボット展 iRexの川崎重工ブースに展示されるヒューマノイドロボットは、人間大のサイズに納めながらも、60kg以上の荷物を運搬し、懸垂をすることもできるパワフルさを備えています。服を着た個体もあり、ロボットと人間が並んで作業できる日が来ることを予感させるものです。
すでに工業用ロボットで一定のシェアを築いている川崎重工が、ヒューマノイド型ロボットに進出する狙いは何なのか?キーパーソンに訊きに行ってきましたよ。
川崎重工は産業用ロボットメーカーから総合ロボットメーカーを目指す
ソフトバンクがボストン・ダイナミクスを買収、ソニーが新型AIBOを発表、ホンダもASIMOのチームを再編しはじめたりと、日本のロボットの市場が大きく動こうとしている2017年。川崎重工はどのような目的意識で、ヒューマノイド型ロボットの開発をはじめたのでしょうか。
まずは、キーパーソンの1人である川崎重工業常務執行役員でロボットビジネスセンター長、そして日本ロボット工業会の副会長を務めている橋本康彦さんにお話を聞きました。
橋本:川崎重工がヒューマノイド型ロボットに力を入れているのは、「まずはみんなでマーケットを大きくしよう」というのがテーマです。たとえば、何十もの店が集まっているショッピングモールは、1つの商店よりも多くの人を集められます。我々が目指すのはこのショッピングモールのような存在です。ロボットには、このショッピングモールの駐車場が毎日満車になるような、そういう大きなマーケットになる可能性があると考えています。
現在も、川崎重工はさまざまな産業用ロボットを扱っています。工場用だけではなく、医療向けもありますし、ヒューマノイド型の開発も始めました。我々の核は産業ロボットで培った、お客さまの信頼性。安心して長くお使いいただけるし、なにがあってもすぐ飛んでいってサポートできるという、ロボットの生涯をしっかり保証できる体制が整っています。
「ロボットはまだ危険な存在で、安全柵の中に設置するようなものだからウチでは使えないね」という声も聞きます。だからこそ、川崎重工は産業用ロボットメーカーから総合ロボットメーカーに転向し、「人間の隣に座っていても大丈夫なロボット」といえるものを作りたいと考えています。
―― 人間と、自然に共存できるロボットが、何気なく家庭や街中にいたとしたら。夢、広がりますね。
橋本:ロボットを社会に広めていく中では、やはり人間が直感的に判断する部分を形にすることが大事だと考えています。
今のヒューマノイド型はいわゆるタフなロボットのイメージで作っています。人でいうと、結構がっちりした体型で、重いものも運べるし、蹴飛ばして倒れても全然大丈夫です。頼もしい外観ですが、いかつさもあり、普通の家庭にはニーズはないでしょう。そこで、もっとコンパクトでスリムで優しいロボットも考えています。最終的には、人間の横にいて全然違和感のないロボットが、1つの目標ですね。
なぜヒューマノイド型なのかというと、人間のいる社会で動かすものだからです。階段の段差、ドアノブの重さ、ダンボール箱のサイズなど、この世界のさまざまな環境は人間のサイズや力、動ける範囲に合わせて作られています。
もちろんシチュエーションによって必要とされる外見は変えるべき、と橋本さん。災害現場で活動するようなロボットは、小さくかわいいものだと不安を感じてしまう。そういう現場においては頼もしいなと思えるフォルムが安心感を生みますよね。
ベースマシンとしてどんなカスタムにも対応する
人のいる空間でも違和感がない。空間にとけこむ自然な存在のロボットを目指すとのことですが、具体的にはどのような特徴があるのでしょうか。次に川崎重工業ロボットビジネスセンター営業企画部長・真田知典さんに尋ねてみました。
真田:最大の特徴としてはオープンプラットフォームなロボット、ということになります。川崎重工がすべてを開発するのではなくて、ベースモデルを提供してロボットに興味のあるいろんなパートナーさんと一緒に、いろんなことをやっていこうと考えています。
―― 今までのヒューマノイド型ロボットって、産業用ロボットメーカー製のものは記憶にないですね。どちらかというと、技術開発のためのコンセプトやショーモデルが多いように思います。
真田:ヒューマノイド型は自分で歩けるとかAIとか、そういう人間に近づくところ、人間を越えることにフォーカスされやすくて、そこはアカデミアやベンチャー企業でさまざまな最先端の研究がされています。しかし、それら最先端の機能を搭載する身体がありません。だから今回、僕らはロボットメーカーとして、重工メーカーとして、壊れにくいタフなボディを作ることにしました。インターフェースをオープンにすることによって、いろんな方のとんがった研究を試せるベースマシンを渡したいのです。
みんなが同じロボットで研究できれば、たとえば壊れたときのデータとか、いいところ・悪いところの情報をまとめることができます。それを反映することで、次世代にいいアップデートができる。そうするとお互いが無駄なく、切磋琢磨というか、相乗効果を生みつつロボットが進化するのではないかと想像しています。
僕らが得意とする堅牢なロボットの体だけをずっと作り続けて、より人間に近づけていくっていうのが今の開発の方針です。
ほかのエンジニアが作り出した技術をもとに、さらにクオリティを高めていく。多くの知見をあつめることで、改良されたパーツをつけてカスタムアップできるし、ベースモデルも進化していく。バイクのレースの世界に似たものを感じます。
産業用ロボットメーカーとして考えなくてはならないこと
真田:今までのヒューマノイド型ロボットは人間の動きの再現に苦労しているので、修理性とか交換性という考え方は二の次なパッケージで作られています。もし、フレーム代わりの外骨格がグニャッと曲がってしまったらスペアはどうするの?という問題です。
そこで、川崎重工のロボットは内骨格型にしました。また部位ごとに特殊なパーツを設計するのではなく、コンポーネントとして産業用ロボットに使われたものとほぼ同じ、実績があるパーツを使います。MTBF(故障時間単位)でいくと10万時間ほどを保証しているものです。何十年に1回しか故障しないような信頼性の高い部品で、なおかつ大量に作っているので、安い。そしてすぐに調達できる。だから故障してもすぐ修理できるし、その気になれば使い捨てだってできます。
たとえば火山が噴火すると、火山弾が飛んでくるし輻射熱で地面も数百度になっています。だから生身の人間だとすぐには救助活動ができません。冷めるまで、待つしかありません。でも熱さに耐えるようなロボットだと、すぐ現地に入って救助活動に取りかかれるんです。機械だから、最後に溶けてしまってもいいじゃないかっていう働きを期待できる。『ターミネーター』の最後にロボットが「I’ll be back」と言って溶鉱炉の中へ自ら沈んでいくシーンがありましたが、ああいうことすら可能になるわけですね。
―― 開発中のモデルを見せていただきましたが、ボディサイズは173cmほど。質量は100kg以下。成人男性のサイズ感となっています。想像以上に軽くてびっくりしました!
真田:身長50センチの精密なロボットを使っても、そこのボタンを押してくれ、そこのドアノブを引いてくれ、って言っても届かないですよね。ボタンを押したら軽量すぎて押し返される、レバーを引いても逆に自分が持ち上がっちゃう。かといって、建設機械のように頑強にすると、何トンもあるロボットになってしまう。それだと、災害で崩れかけたビル現場や階段を上がっていくとき、自分自身がそれを崩しちゃう。
だから私たちが目標としているのは、人間の作業を代わりにやってくれるロボットなんです。屈強な大人ぐらいのサイズとか重量に収めることが大事なことだと認識しています。
ロボットエンジニアの知見が川崎重工に集まる未来予想図
川崎重工が作ろうとしているのは、ある意味レギュレーションといえます。業界標準になりえるベースモデルを提供することで、誰でもロボット開発に参戦しやすくなり、ボディの重さだったり、モーターの強さだったり、リファレンス(開発・実装のお手本)スペックのロボットを効率よく動かす方法が練られていく。
たとえば、ボディの重さやモーターのトルクに合わせて最適化されたバッテリーが作られるようになれば、電源ケーブルを外しても何時間か稼働できるようになる。また、サイズに合わせた耐熱ジャケットが作られれば、本当に火山噴火時の救助活動も行えるようになるでしょう。人間サイズだから、災害地に放置された重機を運転することができるようになるかもしれません。可能性は無限大に広がりそう。
多くのエンジニアが参加すれば、数々のチャレンジの結果が集約されていきます。場合によっては、作られた技術を川崎重工のチャンネルで販売する可能性も考えているとのこと。ロボットオープンプラットフォームにストアとしての機能も持たせるということですね。
本当に普及するロボットを目指すため、自分たちだけですべてを作るのではなく、たくさんの開発者が参加できる環境を作る。私たちの隣に立つロボットに「KAWASAKI」のエンブレムが入る日が、いずれやってくるのかもしれません。
Photo: 佐坂和也(インタビュー)/武者良太(ロボット)
(武者良太)
記事掲載元: GIZMODO JAPAN 2017.11.22より転載