川崎重工のロボットが変える2030年の景色

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「非接触」「リモート」「ソーシャルディスタンス」。こういった新しい概念が世間の常識になった2020年。感染症対策という新しい価値が加わり、社会進出を加速しているのがロボットだ。清掃や消毒、警備、案内、配膳を人に代わって機械が行う風景が、一足跳びに日常へ馴染もうとしている。とりわけ人員不足や感染リスクの問題を抱える医療の現場では、ロボット導入による自動化推進が急がれている。コロナ禍が変えた社会で、ロボットはどんな役割を担っていくのか。川崎重工 精密機械※・ロボットカンパニープレジデント、自動化推進担当常務執行役員の嶋村 英彦氏に未来図を聞いた。 ※精密機械部門では、建設機械・産業機械・船舶用に用いられる油圧機器を取り扱っている

コロナ後の社会にロボットを。

新型コロナウイルス感染症の暗雲が日本中に立ち込めていた2020年3月、産業用ロボットによる製薬・医療分野の自動化提案において経験のある川崎重工は、自動PCR検査システムの開発にいち早く着手した。産業用ロボットの世界を率いてきたリーディングカンパニーとして、近年は医療分野にもその知見を拡大していた折である。川崎重工では自動PCR検査システムを、全社をあげたプロジェクトとして推進し、各カンパニーから様々な人材やアイデアを募集。およそ半年という驚異的なスピードで無人PCR検査サービスの運用をスタートさせた。

同社精密機械・ロボットカンパニープレジデント、自動化推進担当常務執行役員の嶋村 英彦氏は言う。

「我々川崎重工のロボット技術と重工業メーカーならではのものづくりの経験を活かして、ロボットを使った自動PCR検査システムを開発しました。川崎重工が次の社会に向けて策定したグループビジョンの象徴的な第一歩と言えるのが、この自動PCR検査事業なんです」

自動化推進担当常務執行役員 嶋村 英彦氏

川崎重工は2020年11月、次の10年の事業方針「グループビジョン2030」を発表している。環境汚染、少子高齢化、災害、化石燃料の枯渇、そしてコロナ禍。山積する課題を抱えるこれからの社会に対して、川崎重工が出来ることは何か。その問いに対し、答えを明文化したのが「グループビジョン2030」だ。具体的には、川崎重工のもつ巨大なリソースを活かして①安全安心リモート社会(新しい働き方)②近未来モビリティ(これからの人とモノの移動)③エネルギー・環境ソリューション(脱炭素化)に注力していく、というもの。今回の自動PCR検査システムの開発は、「安心安全リモート社会」を実現するためのスタート地点であり、問いに対する一つ目の回答といえた。

「このシステムは40フィートコンテナに収まるように設計しているので、コンテナ丸ごと移動もできるんです。日本の空港だけでなく、海外の空港にも興味を持っていただいています」

自動PCR検査システム

システム丸ごとパッケージとして運ぶことができるから、イベント会場のような短期的需要にもフレキシブルに対応できる。検体受付から検査結果通知までが短時間(約80分)で済み、かつインフルエンザなど各種感染症にも応用できる汎用性の高さを持つ。また、非接触型なので、医療従事者の感染リスクを減らすことも同システムの特徴だ。ここにも川崎重工らしいものづくりの発想が活きている。

コロナ禍は社会を変えた。その新しい社会で活躍が望まれるロボットを、川崎重工は自分たちの持てる技術を総動員して作ろうとしている。

「ちょっと変な」重工メーカーだからこそ

「実は私たち、川崎重工は昔から他の重工メーカーとは違って、ちょっと変なことに挑戦するDNAがあると思っているんです」 嶋村氏は言う。明治時代の造船にはじまり、蒸気機関車、航空機、自動車、モーターサイクルを手掛け、1969年にはいち早く産業用ロボットの分野に進出。その後もジェットスキーやガスタービン発電設備の自社開発など、新しい扉をどんどん開けてきた。

いまや3万人を優に超える従業員を世界に抱え、船舶、車両、航空機からモーターサイクル、エネルギー機器までを扱う巨大総合エンジニアリングメーカーとなった。とりわけ50年以上の歴史を誇るカワサキロボットは、溶接、組み立て、塗装、創薬、荷積み・荷下ろしと、世界中の働く現場で日夜活躍している。医療分野でもすでに創薬、薬剤調整ロボットを展開してきたが、国産初の手術支援ロボット「hinotori(ヒノトリ)サージカルロボットシステム」(2020年夏発表)の開発をメディカロイド(川崎重工とシスメックスの合弁会社)と共同で実施。さらに、産業用に開発した自走式ロボットTRanbo(トランボ)を小型化して、見守りロボットとして活躍させようという動きもある。双腕型協働ロボットduAro(デュアロ)と組み合わせて、食事配膳や体調確認に従事できるような新しいロボットを作ろうとしているのだ。

国産初の手術支援ロボット「hinotori(ヒノトリ)サージカルロボットシステム」(出典:メディカロイド)
自走式ロボットTRanbo(トランボ)

一方で川崎重工といえば、実は油圧機器のパイオニアでもある。産業用ロボットが50年なら、同社の油圧の歴史は100年を超える。油圧システムで作る油圧ポンプ、油圧モーター、油圧バルブは、ショベルカーなどの建設機械に搭載され、世界各地の建設現場で使われている。油圧ショベルの世界では今も川崎重工が世界断トツのトップシェアを誇っている。

油圧装置は社会にとっての“縁の下の力持ち”。嶋村氏はそう評する。
「元々、川崎重工は1916年にイギリスから技術を導入して、船舶用の油圧式舵取り機を神戸で作っていたんです。1969年に我々が発表した日本初の産業用ロボット“ユニメート”も、電動ではなく油圧駆動ロボットでした」 すなわち、油圧技術は川崎重工製機械の原点なのだ。

日本初の産業用ロボット ユニメート

日本初の産業用ロボット 「川崎ユニメート」が残したもの

「例えばモーターサイクル、ロボット、そして油圧機械。そういうものを色々自分たちで作っている会社というのは今少なくなっています。私たち川崎重工は、もちろん精密な制御ができる電動ロボットの世界でもトップメーカーとしてやってきましたし、油圧駆動が必要になればこちらもトップレベル。そのほかにも幅広い技術的蓄積があって、川崎重工の本体には技術開発本部というシンクタンクもあります。こういった力を総合的に発揮していくことで、本当に社会で役立つロボットを作りだすことができると思っています」

ロボットが「設備」でなくなる日

川崎重工のロボット部門が今開発に力を入れているのが、ヒューマノイドロボットだ。なぜ、ヒト型なのか。嶋村氏はこう語る。

「現在のロボットは工場の設備として入っているので、人のカタチをしている必要はありません。ですが、これから先、ロボットが人間の暮らしの中に入ってきてサポートをするようになった場合はどうでしょうか。例えば移動だけなら車輪が一番効率がいいかもしれないけれど、人間の暮らす場所ではそうもいかない。家には階段もあり、ドアも開けなければいけません。人の暮らしに入っていくには、人と同じようなカタチと大きさで、人と同じように動けて、人と同じ程度の力があるのが理想的です」

川崎重工が開発を進める「Kaleido」

Kaleidoの開発ストーリー

ヒト型であるもうひとつの理由に、嶋村氏は災害現場での仕事を挙げる。「災害現場でがれきを取り除くとか、危険な作業を人の代わりに行うこともロボットに求められる役目。そういう現場では、不整地を進み、建物の中にも入っていけるヒト型でなければ役に立たないのではないかと考えています」

スポットライトや拍手を浴びるエンタテインメント向けサービスロボットではなく、社会のため、実直に正確に黙々とただひたすら人々の日常生活を支えるために働くロボット。Kaleidoであれ、hinotoriであれ、TRanboであれ、川崎重工が目指しているのはいつも後者である。ところで、この中でKaleidoだけがまだ社会に実装されていない。“彼”が仕事に従事できるのはいつになるのか。嶋村氏に聞いてみた。

「2030年くらいには、かなり実用化に近づいていると思いますよ」

マッキンゼー グローバル インスティテュートの調査によれば、日本の生産年齢人口は2007年以来減少の一途を辿っているという。一方で、2030年までに既存業務の内27%が自動化されれば、GDP成長率を維持できるとも予測している。ターゲットは10年後。そのとき街の景色はガラリと変わっているかもしれない。カワサキロボットがあなたのパートナーとして、テキパキと働く世界に。【参考文献】