川崎重工が開発した「duAro(デュアロ)」とは?
1969年に初の国産の産業用ロボット「川崎ユニメート2000型」を誕生させ、これまで多くの産業用ロボットを開発してきた川崎重工。そんな、日本における産業用ロボットのパイオニアである川崎重工が、2015年6月にリリースしたのが双腕のスカラロボット(水平方向にアームを動かすロボット)「duAro」です。「人共存型ロボット」と題し発売されたduAroは、顧客のニーズに向き合い、徹底的な使いやすさを追求した結果が詰まっています。
今回はそのduAro誕生秘話を、プロジェクトのスタート時から開発に携わっている川崎重工の長谷川省吾さんに伺いました。そこには50年以上に渡り、日本の産業用ロボット界を牽引してきた企業の並々ならぬ想いがありました。
開発プロセスの変化と企業のニーズ
「弊社はこれまで、培った技術や経験を元に、プロダクトアウト型での商品開発を進めてきましたが、慢性的な人材不足などの社会変化に伴って、徐々に実際の顧客ニーズにあったマーケットイン型の開発が社内でも推奨されるようになりました。それにより開発側にも変化が起こり、システム部隊が中心となる新たな商品開発がスタートしました」
と、当時の状況を語る長谷川さん。duAroの開発に至るまでの一つの要因として、開発プロセスの変化がもっとも大きなものだったようです。
「当時、duAroとは異なる、小型で低価格の商品を新規で開発していたのですが、良いアイデアが浮かばずなかなか上手く進んでいませんでした。duAro開発の直接のきっかけとなったのは、とある電子部品を製造しているメーカーから『カワサキのロボットを導入したい』とお声がけをいただいたことからです」
企業からお話をいただいて、まず行ったことは、実際の製造現場である工場の見学や、徹底的なヒアリングだったと話す長谷川さん。その上で、「企業の要望に応えるためには、どんなロボットを導入すべきか」をとことん検討したそうです。しかし、従来の産業用ロボットをそのまま導入するには多くの課題があったといいます。
従来の産業用ロボットの導入を阻む課題
「お話をいただいた企業は、3ヶ月ほどで新しい商品がリリースされるような製品を扱っていらっしゃいました。実は従来の汎用型産業用ロボットは、自動車のような長期のプロダクトサイクルをもち、大量かつ大型の製造物の生産には向いていますが、短期でプロダクトが変化する製品には向かないのです」
その理由を、長谷川さんはこう続けます。
「産業用ロボットの導入~作業実施までは通常半年程度の期間がかかります。ロボット自体の設置や安全性を確保する柵の取り付けなどのため、製造ラインに手を加える必要もでてきます。それらは、現場の業務フローの変更を意味していますので、ロボット本体だけでなく実施までのプロセスに至る整備や調整にかなりのコストと時間がかかります。例えば、ロボット本体を1とすると、周辺のインテグレーション、つまりロボットを稼働させるまでの整備や調整に3くらいのコストがかかる計算になります。そのため、短いサイクルで製造する内容がどんどん変わっていくような製品では、それに合わせて都度ロボットの動作環境を組み替えていく必要があるため、コストや導入までのスピード感が見合わず導入自体が難しくなるのです」
では、従来の産業用ロボットが宿命的に抱える課題が残るなか、川崎重工のロボット「duAro」はその問題をどのように解決していったのでしょうか。
「duAro」が目指した人との共存
そのひとつの答えが、duAro最大の特徴である「人共存」だと長谷川さんは語ります。
「duAro開発の際に、『人共存型のロボット』というコンセプトを掲げました。ロボットを導入していない現場では、これまで通り人が作業をしており、それはどんな製造現場でも同様です。しかし、duAro自身が作業者と同じスペース(人一人分)で入れ替わって作業をすることができれば、業務フローや製造ラインに手を加える必要もなく設置・導入することが可能となります。人とロボットが共存することで、高いハードルとなっていた導入コストと導入にかかる時間という壁をクリアしました」
人共存型のロボットを実現するためには、スカラベースや双腕というロボットの構造自体にも秘密があったそうです。
「作業現場を観察した際にわかったことは、ほとんどの作業が平面作業の組み合わせであるということでした。それを踏まえ、立体作業を無くし水平方向のシンプルな動きのみが可能なスカラベースのロボットにすることを決定しました。duAroは、1本の軸から2本の腕が出ている双腕型のロボットですが、それは、人が2本の腕を用いて行う作業をロボットに置き換えるため、ロボットにも2本の腕が必要だからです。さらに、1本の軸から腕が出ていることにより、双方がぶつかるなどの干渉が起きにくく、従来のスカラロボットでは難しい協調動作(2台以上のロボットが、お互いの位置関係などを把握し、協力して1つの動作を行うこと)もduAroのみで可能になります。人と同じ場所で作業をする上で、安心・安全面を確保するための配慮ももちろん施していて、腕の部分をウレタン素材のクッションで覆い、もし隣の作業者とぶつかってもケガをしないような設計にしました」
現場担当者が直接操作可能なアプリケーションを開発
安全面のほか、使いやすさという点でも工夫を加えていると長谷川さんはいいます。
「短期のプロダクトサイクルの製品の場合、ロボットに作業を教えるティーチングを頻繁に行う必要が出てきます。従来は小さな変更でも専門技術者が必要でしたが、duAroは誰でも簡単にロボットに作業を教えられるよう、アプリケーションも同時開発し、従来のように専門の知識が必要なティーチペンダント(ティーチングをする端末)だけではなく、タブレットを使用したティーチングも可能になりました。また、直接ティーチングできる機能(作業者がロボットのアームなどを直接動かし、その動作をロボットに記憶させる方法)を備えています。実はスカラベースで軸数が少ない(水平方向の動作のみ)という点も、それを助ける要因になっています」
「その他にも、より簡単に導入できるような工夫をしています。duAroはコントローラ一体型(通常、産業用ロボットにはコントローラというロボット本体を制御する装置が別に必要)かつ、キャスター付きなので平面な場所であれば人間が一人で移動させることが可能です」
このように、duAroは人共存型のロボットを目指すことで、これまでの産業用ロボットの課題を解決し、顧客ニーズに応える商品となったのです。
「duAro」の未来と川崎重工の想い
「現在、duAroは様々な企業に導入しやすくするため、さらなる開発を進めております。一つはアームのバリエーションの増加です。これにより平面だけではない作業も可能になり、より多様な分野に対応することができます。二つ目は音声認識などの新機能です。声紋認証で音声操作の機能を備え、アームの始動や停止を音声で行えるようになります。今後も顧客のニーズに合わせた製品開発に取り組んでいきます」
これまで以上に、もっと多くの産業の現場で人とロボットが共に働ける未来を語ってくれた長谷川さん。そんな未来を後押しするかのように、川崎重工は2017年11月のプレスリリースで川崎重工とABBグループが協働ロボット分野における協業を発表しました。スイスの老舗ロボットメーカーであるABBグループとの協業に至った経緯についても、長谷川さんはこう語ってくれました。
「今後、ロボットが導入・活躍する現場が拡大することで、さらなる安全性や操作性の向上が必要になります。これからは、顧客が求める技術的ハードルの高い部分に対しては、各社が別々に取り組んでいくのではなく、業界が協力しその標準を作ることが大切です。この協業をきっかけに、より使いやすく、より普及しやすいロボットを作る取り組みが推進できれば良いと思っています。今後はABBグループだけでなく、業界全体を巻き込み、顧客にとって安全で操作性の高いロボットの開発に取り組み、それを普及させることで未来の日本を支える労働力の確保に貢献したいと考えています」