産業用ロボットの分野で、一つのトレンドになっているのが協働ロボットです。安全上、人間とロボットを物理的に隔離しなければいけなかった従来の産業用ロボットとは異なり、協働ロボットは人と同じ空間で肩を並べて作業することが可能。コンパクトでフレキシブル、かつ簡単に使える“人共存型ロボット”は、ロボット導入のハードルを引き下げ、食品、化粧品、医薬品といった三品産業など、これまでロボットが活用されてこなかった領域でも新戦力として活躍しています。川崎重工 エネルギーソリューション & マリンカンパニー プラントディビジョン 環境プラント総括部 環境プラント部 プロジェクト二課 主事の中野 裕氏に、協働ロボットが広げる新しい現場について伺いました。
協働ロボットを活用したごみ処理のソリューション
50年以上にわたり産業用ロボットの世界をリードしてきた川崎重工も、2015年に双腕のスカラロボット(水平方向にアームを動かすロボット)の「duAro=デュアロ」をリリースしています。人に代わるのではなく、人と共に働くロボットとして開発されたduAroは、お弁当を盛り付けたり、口紅の蓋を閉めたり、非接触式体温計で検温をしたり、仕事の幅をどんどん広げています。
人一人分のスペースに設置出来るコンパクト性、人と肩を並べて作業出来る安全性、細かい作業に最適な動作の正確性。そういったduAroの持つ特長を活かす、新しい“職場”が誕生しようとしています。それが川崎重工が開発した「資源ごみ選別作業支援システム」。リサイクルの現場をサポートする、協働ロボットを活用したまったく新しいソリューションです。
ごみの適切な処理は、都市機能の維持において生命線ともいえる問題です。とりわけSDGsの重要性が高まる昨今では、ごみの再資源化=リサイクルは地球環境保全のために欠かすことが出来ません。日本では、1991年10月25日に「再生資源の利用の促進に関する法律(通称:リサイクル法)」が施行され、資源の再利用が積極的に推進されるようになりました。
人の負担が大きい「ビンのリサイクル」
我々にとって身近な再生資源といえば、ペットボトルや缶、ガラスビンといった容器類です。ペットボトルなら医療や文房具に、アルミ缶なら自動車の部品や鍋・フライパンなどのアルミ製品に、スチール缶なら家電や建設資材に、ビンなら道路のアスファルトやタイル、断熱材にと生まれ変わります。
リサイクルにあたっては、それぞれの種類別に選り分ける作業が必要になります。各処理施設では磁石やふるい、風の力など、機械による選別作業を行っていますが、精度を向上させるため、人手による選別が依然として多用されているのが現状です。ベルトコンベヤで流れてくる対象物を的確にピックアップする作業には相当な集中力が必要、かつ立ち姿勢も強いられるため、作業者の体への負担も小さくありません。
中でも、ビンの選別ラインでは一般的に「茶色、無色、その他の色」の色別に選び出すことが必要(透明ビンと茶色ビンは再生ビンの原料や板ガラスとして、その他の色のビンは土木材料として主に生まれ変わる*1)。しかも一升瓶のような重量物から、栄養ドリンクに多い小型ビンまでサイズも様々です。割れた状態で搬送されるものもあり安全面でも注意が必要になるため、ペットボトルや缶に比べて負担が大きい現場となっています。
*1:公益財団法人日本容器包装リサイクル協会
「ガラスびんリサイクル製品(再商品化製品利用製品)内訳」より
ビンの選別が得意なオリジナルAIを搭載
こういった課題を解決するべく、川崎重工が開発したのが協働ロボットを使ったビンの選別ラインシステムです。duAroの持つ特長に注目したのは、川崎重工 エネルギーソリューション & マリンカンパニー プラントディビジョン 環境プラント総括部 環境プラント部 プロジェクト二課 主事の中野 裕氏。「リサイクル施設の作業は人力による部分が少なくありません。作業員の方の負担軽減に貢献するために、ロボット技術を使って自動化を図れたら。そう考えました」と語る中野氏は、ロボット事業を統括するロボット ディビジョンにまず相談。自社のロボットラインナップを改めて検分し、duAroの性能と特長に着目したといいます。
当該システムを構成するのは、協働ロボットの「duAro」、対象物を掴み上げる「把持部」、そして対象物を識別する「認識部」という3つの要素。duAroは、2018年に追加発売した「duAro2」を採用しています。duAro2のアームの先端に装着する把持部には、UFOキャッチャーのように開閉式の爪で挟むタイプではなく、真空吸着式のグリッパーを採用。対象物を“つかむ”のではなく“吸い付ける”ことで、より確実に、より安全に多様な形状・重量・向きのビンをキャッチすることを可能にしました。密着状態で流れてくる混在したビン同士の中から、ピンポイントで対象物を持ち上げることが出来るのも利点です。
「茶色、透明、それ以外」のビンを見分ける“目”となる認識部には、ビンの認識に特化した自社開発のオリジナルAIを搭載。カメラで撮影した画像データに基づき、AIが色や形状の違いなどを認識するとともに、吸着すべきポイントを判断します。ビンの選別が得意なオリジナルAIというユニークなテクノロジーを開発したのは、総合エンジニアリング企業である川崎重工が誇るテクノロジーの“シンクタンク”、技術開発本部。実際の資源化施設で行った実証実験でも、搬送されてきた対象物の色と形状を「99%以上」の正答率で識別出来ることを証明しました。
「資源ごみ選別作業支援システム」の具体的な流れは次のようになります。①ラインの上流から投入されたビンは、ベルトコンベア上を流れながら「認識部」に移動。②オリジナルAIがビンの色や形などを認識したうえで、つかみ取るべき対象物と吸着ポイントを判別。③データに基づき、duAroがグリッパーで対象物を吸着し、各投入シュート上へアームを移動、投入口上部で対象物をリリースし、シュート内に落とす。このとき、duAroは2本腕を活かして、“右手”と“左手”で別々の色のビンを取り扱うことも出来るので、シュートをduAroの左右に1基ずつ据えることが可能なのもポイントです。
まったく新しいごみ処理のカタチ
duAroを活用することで得られるメリットはたくさんあります。まず、一升瓶などの重量物はduAroに担当させ、それ以外を人間が受け持つなど、人とロボットが作業を分担して同一ライン上で一緒に働くことが出来ること。既存の手選別コンベヤのラインを改造することなく設置が可能になることも利点です。また、duAroは簡単に移動が出来るので、作業者の間に置いたり、上流側・下流側に据えたりと、レイアウトの自由度が高いのも特長でしょう。もちろん、休まず働けるのもロボットならでは。作業員が急に休んでしまったときに、その穴埋めとしてロボットを設置したり、感染症対策の緊急対応時にもロボットに作業を任せることが可能になります。「ごみ処理施設は重要なインフラ設備のひとつです。例えばコロナ禍であっても、処理を継続させなければなりません。だからこそ今後はロボット化が必要。ロボットを導入することで、住民の方々へ安心をお届け出来ると考えています」
加えて、システム構築が比較的短時間で行えるのも長所のひとつ。duAroはキャスター付きの台車でコロコロと移動することが可能なため特別な重機も必要なく、調整を含めても2〜3日で設置が完了するという簡便さ。何日間もラインを止めることが出来ない施設には非常に有用なフレキシブル性を持っています。
日本全国津々浦々に存在するごみ処理場ですが、中野氏は「焼却施設では自動化が進みつつありますが、リサイクル領域では施設の運転に関わる作業の多くを人手で行っている」ことに着目。そこに一石を投じるのがこの「資源ごみ選別作業支援システム」です。既に本システムの各施設への提案はスタートしていて、目下の目標は「2022年3月期の初受注」(中野氏)。導入が出来たら設置数を拡大するとともに「各施設のデータを収集して技術をさらに進化させ、将来的には無人化も可能なシステムを完成する」というビジョンもあるそう。
ごみ処理施設の開発を長年行ってきたノウハウ。ロボットメーカーとしての技術。AIを自社開発できるポテンシャル。その全てを兼ね備えた川崎重工だからこそ実現した、まったく新しいごみ処理のカタチ。ロボットと人間それぞれが役割分担し、より豊かな社会を共に築く。そういう明日に向けて、またもう一歩、私たちは前に進むことが出来たようです。