メキシコ新工場から始まる技術革新 ― 水圧転写自動化

製造業において、製品の外観品質はブランド価値を左右する重要な要素です。
特にレジャー用途の四輪バギーでは、個性を際立たせる意匠性と、量産に耐える安定性の両立が求められます。

こうしたニーズに応えるべく、カワサキモータース株式会社はメキシコに新設した四輪バギー製造工場において、水圧転写(ハイドログラフィック)工程の自動化に踏み切りました。


この工程は、製品の外観を決定づける極めて重要なプロセスであり、従来は熟練作業者による手作業が主流でした。

しかし、複雑な形状への均一な模様付けには限界があり、安定した品質と量産性を両立するためには、ロボットによる精密制御と塗装システムの高度な連携が不可欠です。

ZX165

カワサキモータース株式会社の自動化課題に挑んだのが、川崎重工ロボットディビジョン、塗装システムの専門企業IECです。

本記事では、日本国内では前例のなかった水圧転写の自動化に、三者がどのように取り組み、メキシコ新工場で成果を上げたのかを、両社のインタビューを交えてご紹介します。

プロジェクトの背景 ― 成長ビジョンと技術責任から始まった挑戦

カワサキモータース株式会社では、2030年に向けた成長ビジョンを掲げ、グローバル展開の加速と製造技術の高度化を進めています。その中核施策のひとつが、メキシコ新工場の立ち上げでした。

日本国内では二輪車の生産が中心ですが、メキシコでは四輪バギーやジェットスキー(PWC)など、より大型で意匠性の高い製品の生産を行います。
そのため、塗装工程の中でも特に外観品質に直結する水圧転写(ハイドログラフィック)の導入が検討されました。

このプロジェクトにおいて、水圧転写やFRP設計などの塗装関連技術を担当したのが、先行技術部 基幹職の北田氏です。

カワサキモータース株式会社の北田啓

北田氏は次のように語ります:

「当社は2030年に向けた成長ビジョンを掲げており、その中でメキシコ工場の立ち上げは重要な位置づけです。塗装や水圧転写、FRPの設計は私の担当範囲であり、今回のプロジェクトは私にとってもチャレンジでした。」

水圧転写は、北田氏自身もこれまで関わったことのない技術領域でした。


そのため、プロジェクト初期には、アメリカにあるカワサキモータースの工場「KMM(Kawasaki Motors Manufacturing Corp., U.S.A.)」を訪問し、1〜2カ月かけて現地で技術ノウハウを学ぶところからスタートしました。

「KMMでの実地研修は非常に有意義でした。水圧転写の工程や品質管理の考え方を実際のラインで体感できたことで、メキシコでの立ち上げに向けた具体的なイメージを持つことができました。」

こうして、北田氏の技術的視点と現場での経験・ノウハウが、今回の水圧転写工程の自動化という前例のない挑戦を推進する原動力となったのです。

水圧転写とは? ― 曲面への模様付けを可能にする技術

ZX165水圧転写

水圧転写は、フィルムに印刷された模様を水面に浮かせ、製品表面に転写する技術です。


この工程は、単に塗装するだけでなく、立体的な形状や複雑な曲面に対して均一な模様を施すことができるため、意匠性が重視される製品に最適です。

特に今回のプロジェクトでは、メキシコ市場で需要の高い「迷彩柄」の外観仕上げが求められており、模様のズレやムラが許されない高精度な転写が必要とされました。

Kawasaki水圧転写の様子

迷彩柄は、色の境界が曖昧で複雑なパターンが多く、均一な仕上がりを実現するには、塗布圧・角度・速度の精密な制御が不可欠です。

しかしながら、日本国内の生産拠点である明石工場では、これまでに水圧転写工程の自動化はほとんど例がなく、今回のプロジェクトは、川崎重工ロボットディビジョンとロボットシステムのインテグレーションを担当したIECにとっても技術的な挑戦でした。

人手による水圧転写では、作業者の熟練度に依存する部分が大きく、模様の位置ズレや膜厚の不均一が発生しやすいという課題がありました。


そのため、安定した品質を量産レベルで確保するには、ロボットによる高精度な動作制御と塗装システムの連携が不可欠となります。

IECの挑戦 ― “断らない”技術者魂と現場力

IEC大阪営業所所長の竹田和宏

今回のプロジェクトにおいて、水圧転写工程の塗装システムを担ったのはロボットシステムインテグレータ(SIer)の株式会社IECです。
IECは、塗装設備の設計・施工に加え、ロボットインテグレーションにも強みを持つ企業であり、川崎重工ロボットとの連携実績も豊富です。

この水圧転写プロジェクトに関して、IEC大阪営業所所長の竹田和宏氏は、次のように語っています:

IEC大阪営業所所長の竹田和宏

「IECはロボットインテグレータでもあるので、“IECならできるだろう”という期待感からお声がかかりました。自動機も扱っているため、信頼をいただけたのだと思います。」

実は、IECとしても水圧転写の実績はこれまでなく、今回が初の取り組みでした。
それでも竹田所長は、IECの社風として「基本的に断らない方針」があることを強調し、未知の技術領域にも果敢に挑戦する姿勢を貫きました。

「水圧転写は社内でも前例がなく、“本当にできるのか?”という声もありましたが、社内のバックアップ体制や協力会社の支援を得て、やると決めました。」

このように、IECは技術力だけでなく、現場対応力と挑戦する文化を武器に、川崎重工ロボットディビジョンとともにプロジェクトを推進。


メキシコ新工場という海外拠点での立ち上げという難易度の高い環境下でも、信頼と実行力で応えたのです。

現場での試行錯誤と技術的課題

水圧転写 試行錯誤と技術的課題

水圧転写は、単にフィルムを貼り付けるだけではありません。
IECは、工程の中で最も難しかった点として、フィルムの活性化処理を挙げています。

「フィルムを溶剤で溶かして活性化させるために、塗布量や塗布スピードの調整が非常に難しかったです。ロボットのティーチングも、早すぎず遅すぎず、膜厚を成立させるのが難しい。現場でのトライ&エラーを何度も繰り返し、最適な条件を導き出しました。現場対応力が試されたプロジェクトでした。」

さらに、最適なロボットの選定や現場でのトラブル対応にも苦労がありましたが、川崎重工ロボットディビジョンの迅速なサポートにより、納期に間に合わせることができたと語ります。 このような地道な積み重ねが、実績のない水圧転写工程の立上げを達成に導いた鍵となりました。

成功の先に見える未来 ― 納入して終わりではない

今回の水圧転写工程の自動化プロジェクトは、単なる設備導入ではありませんでした。
IECにとっては初の水圧転写案件でありながら、現場対応力と技術力を発揮し、川崎重工ロボットディビジョンとの連携のもと、メキシコ新工場での立ち上げを成功に導きました。

この成果を受けて、IECは「納入して終わりではない」という姿勢を明確に打ち出しています。

「今年メキシコ・モンテレーに新オフィスを開設し、現地でのアフターサポートにも力を入れています。
お客様との信頼関係を継続していくために、メンテナンスを通じて現場に寄り添っていきたいと考えています。」

この姿勢は、カワサキモータース株式会社の北田啓氏にも高く評価されています。

カワサキモータース株式会社の北田啓

「水圧転写は我々にとっても未知の工程でしたが、IECさんが“断らない”姿勢で真摯に取り組んでくださったことで、安心して任せることができました。
特に、不具合やトラブルが発生した際にも、迅速に対応いただける体制が整っていることが非常に心強かったです。」

納入後も現場に寄り添い、課題があれば即座に対応する。
この“伴走型”の技術支援こそが、製造現場における信頼の礎であり、今後のグローバル展開においても大事な要素となります。

おわりに

今回の水圧転写工程の自動化プロジェクトは、IEC様、川崎重工ロボットディビジョン、そしてカワサキモータース株式会社の三者が連携し、前例のない技術領域に挑戦した取り組みでした。
それぞれの専門性と現場対応力が融合することで、メキシコ新工場における高品質かつ安定した生産体制が実現しました。

IEC様は、今後の製造業の進化について次のように語ります:

「AIの時代で人がいなくなると言われる中、全てにおけるオートメーション化が進んでいます。IECとしては、それに準じた技術力と営業力を高めていく必要があります。」
「お客様からの声を社内に展開し、開発チームと連携してニーズに応える製品開発にも注力しています。今後も前進していきます。」

一方、カワサキモータース株式会社では、メキシコ工場を中心に、ジェットスキー(PWC)など主力製品の生産数をさらに引き上げる方針を掲げています。
そのためには、FRP工程を含む各製造プロセスの生産性向上が不可欠であり、今回の水圧転写の成功はその第一歩となりました。

このプロジェクトは、単なる設備導入ではなく、技術と信頼が生んだ協働の成果です。
そしてその成果は、今後のグローバル展開や製造業の未来に向けた、確かな礎となるでしょう。

カワサキモータース株式会社の北田啓
IEC大阪営業所所長の竹田和宏